博士課程は自分のもの

「研究がしたい!」とか「今やらなきゃいつやる!」的な情熱や感情はおいといて、博士課程は「お金」*1と「時間」*2の絶対値で言えば必ずマイナスになる。だけども、雇用されていないことによる「自分の時間」だけは3−4年増える。だからその時間をどう使うか、あるいは使い方を考え、考える技術を養う、それが「博士課程学生の仕事」と言えるように思う。

博士課程ー年齢とお金はマイナス

博士課程は、修士課程後そのまま行けばだいたい24−30歳手前ぐらいで過ごすもの。大半のクラスメートは就職してお金を稼ぎ、家庭を持ったりする。30歳なら子どもの一人や二人いてもおかしくない。そんな年齢に、敢えて博士課程を全うすると、就職した元同期たちが係長になったりする時間を丸々大学院での研究生活に捧げることになる。


博士課程の経済に関して言えば、お金は稼げないし(逆に学費を払ったりする)、お金がないから結婚したりするのも難しい。収入源は、奨学金か親の仕送りがメインになって、自分の空き時間でアルバイト*3したり、あるいは学振みたいな奨学金を得るしかない*4


んで、誰かにお金を出してもらうか、借金するか、ぐらいしかないわけだけど、どんな就職と比べても、博士課程3−4年間では必ず経済的にマイナスになる。3年間博士課程にいたとして、就職してたのと比べて少なくとも300万、多ければ1000万ぐらいの差になるんじゃないか。

博士課程のメリットー「自分の時間」

唯一とは言わないけど、多分最大のメリットは「自分の時間」が増えること。だから、「自分の好きにしていい3年間という時間*5を金で買った」と考えるのがふさわしいと思ってる。


雇われてたら、「自分じゃない誰か」にすべき仕事が与えられ、働く時間が決められる。「言われたことをする」ラクさがあるかもだけど、「自分の仕事ならでは」の苦しさはなくて、そもそも「自分だけのこと」のために使う時間も少ない。


博士課程は、サラリーマンというよりは、自営業*6。自分がする仕事・かける時間は、基本的に自分で決める*7。んで、「自分のアウトプット」の責任は自分が負う。研究費関連ではボスが責任を負うかもしれないけど、「自分の博士課程」「自分の進路」などに関してはすべて自分で考えて、自分で実行しなければ何も起きない。


「自分の時間」の自由さには、必ず苦しさもついてくる。だけど、それをすべて自覚的にコントロールしようとする中でしか、得られないものがある*8。だからこそ、博士課程は安易に過ごさず、「自分のしたいこと」を考え実行していきたいと思う。

まとめー博士課程の過ごし方を考える上で、「自分の時間」について考えるのが一番大事なんじゃないか

現時点で自分が考える「博士課程で大事なもの」の根っこは、「博士課程は自分のものということに自覚的」であること。研究内容や進路などなどいろいろなキーワードがあるけど、全てはここから派生すると思ってる。

*1:働いてたとすると稼げてたはずのお金

*2:博士課程修了時には3−4年経過してる

*3:学部生はともかく、博士課程の時間をお金に替えるぐらいなら借金をしたほうが良いと思ってる

*4:学振がとれなくても他のものにトライするのは推奨されるべき学振に申請すべき3つの理由と、申請して落ちた時にすべきこと - ある生物系博士課程大学院生の日記

*5:と研究する権利

*6:アカデミックな研究者はだいたいそうだろう

*7:そうでないところもあるかもだけど、「人が決めた仕事」をするだけなら博士課程に値しないと思うし、進学をやめといたほうがいいと思う

*8:研究業績に限らず、自己管理能力や自分なりの哲学など自分次第でなんでも得うると思う